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「公益通報者保護法案」に関する参議院本会議での代表質問
2004年6月2日
○岡崎トミ子君 私は、民主党・新緑風会を代表して、ただいま議題となりました公益通報者保護法案について竹中経済財政担当大臣に質問をいたします。
この数年、行政や企業の内部からの通報で私たちの命や健康に重大な被害を及ぼしかねない不祥事が相次いで明らかになりました。二〇〇〇年、三菱自動車工業のリコール隠し、二〇〇一年、東京女子医科大学の医療ミスとカルテ改ざん、二〇〇二年、雪印食品による肉の偽装表示、同じく二〇〇二年、ダスキンによる食品衛生法上認められていない物質の使用と日本ハムによる肉の偽装表示、東京電力による検査記録の改ざん、そして今年、浅田農産による鳥インフルエンザの疑いがあった生きた鶏の出荷です。
これらの不祥事については、勇気ある告発によって被害が未然に防がれたり拡大が抑えられたりしてきました。取り返しの付かない被害が出たケースでも再発防止につながった例が少なくありません。私たちの社会は、告発者の勇気によって自浄機能を発揮してきたと言えるのです。
しかしながら、そうした告発者の多くは、勇気ある決断をしたにもかかわらず、いわれのない代償を払わされてきました。狭い組織の中で裏切り者扱いをされて陰湿な嫌がらせに遭ったり、差別的な取扱いを受けるなどの制裁を受けている例が少なくないのです。不当配転され、三畳一間の部屋で仕事も与えられず、二十数年孤独と闘わされた人もいます。正しいことを信じたために、信念に基づいて行動した告発者たちを救うことができない社会は未来への希望を失わせる社会です。
私たち民主党が、今日、この政府案とともに趣旨説明が行われた行政運営適正化公益通報法案をいち早く提案したのは、告発者の名誉を回復し、その勇気に報いなければならない、そして不祥事による被害を防止したり、社会を良くしたいという市民の強い声を受けてのことでした。
こうした経緯からも、公益通報者を保護し、国民の生命、身体、財産その他の利益の保護と公益の利益の増進に役立つ公益通報者保護法が待たれています。にもかかわらず、私はこの政府案が衆議院を通過し、今日、こうして参議院での審議の段階に至ったことに大変な危惧の念を抱いています。私だけではありません。公益通報者保護法の実現を願ってきた人々の政府案に対する評価は辛らつです。政府案が国民の願ったものとは全く違ったものになってしまったからです。
特に自民党は、外部通報は裏切りだ、密告を奨励するわけにはいかない、日本の文化的特性に配慮すべきだと言い立てて、保護されるべき公益通報にやたらめったら条件を付けてしまいました。これでは、これまで被害防止などに大きな役割を果たしてきた数々の勇気ある告発が保護の対象にならなくなってしまいます。このことは通報を考えている労働者を萎縮させ、被害の未然防止の道を閉ざすだけではありません。高いハードルを設定して、この条件に当てはまらない公益通報者は保護しないと政府が法律によって宣言し、さらには、公益通報を不適切な行為であると認定するのと変わらなくなってしまいます。
竹中大臣は、告発者たちの勇気ある行動をどう評価されているのでしょうか。そして、この方たちが払わされている代償について十分な認識を持ってこの法案に反映させたとお考えになっているのかどうか、お聞かせ願います。
以下、法案の具体的な問題点について質問をさせていただきます。
政府案では、保護される公益通報者の範囲を労働者に限定して、その公益通報者に対する保護を解雇、降格、減給等の禁止といった雇用上の不利益取扱い禁止に限定しております。これでは範囲が狭過ぎます。例えば、私たちの記憶に新しい、そして公益通報の意義を改めて知らしめた雪印乳業の牛肉偽装事件を告発した西宮冷蔵のような取引事業者からの通報は保護されないことになります。
民主党は、下請等事業者を保護の対象とすべきと主張し、衆議院で修正要求をしていますが、竹中大臣は、取引自由の観点から慎重に検討すべきとの見解のようです。公益のために通報を行った取引先に不利益を与えることが、取引自由の範囲だという議論だと考えていいのでしょうか。事業者等を保護の対象としなかった理由を、衆議院での質疑を踏まえて改めてお聞かせ願います。
政府案では、通報対象事実の範囲をわずか七本の法律と政令で定める、罰則による担保のある法令に限定をしています。政府案をぱっと見れば、法律違反でなければどんなに悪いことをしてもいいと言っていると読めてしまいます。そして、もっとよく政府案を見ると、法律違反をしても、その法律がこの七つの法律、政令で定めた法令でさえなければいいと読めてしまいます。一般常識から懸け離れており、納得できません。
そもそも、健康や安全にかかわる法令は後追い規制になりがちであることは私たちが度々国会で指摘してきたとおりです。過去の例では薬害エイズ、シックハウス、最近の例では回転ドアや遊具等の事故については罰則で担保された法令はなく、したがって通報しても保護の対象にはなりません。
竹中大臣、最低限、法令一般に違反する事実を通報対象事実として保護の対象にすべきですし、民主党の修正案のように、法令違反ではなくても生命や健康に重大な影響を与える事実を対象に加えるべきではありませんか。
竹中大臣は、政令で定める法令について、国民生活への影響を見ながら機動的に対処するとしていますが、どのような法律がどの程度対象法令とされるかによってこの法案の意味合いが全く異なってしまいます。このような重要なことを、国会での審議の対象となる法文ではなく、政令に対象法令の指定をゆだねてしまったことは全く不適切だと思いますが、どう思われますか。
せめて審議の前提としてお聞かせいただきますが、二月の要綱段階で別表に明記された四百八十九の法令のうち、幾つぐらいを対象法令とすることを考えているのでしょうか。数が言えなくても、おおよそのイメージを示していただきます。ほぼすべてでしょうか、八割程度でしょうか、半分程度でしょうか、それとも、一、二割程度、あるいはそれ以下でしょうか。
竹中大臣は、通報対象事実を罰則の担保のある法令違反に絞った理由を、基準を明確化するためだとしています。そうやって当事者の間の見解の相違を防がないと、制度の運営に混乱が生じるという主張のようです。しかし、制度の運営に混乱を生じさせないことを国民の生命、健康、財産を守ることより優先していいのでしょうか。
また、イギリスの英国公益開示法では罰則の有無を問わない方式を取っていますが、そのイギリスでは問題になるような混乱が生じているのでしょうか。
そもそも、竹中大臣がそんなに重視される制度の運営の混乱とはどういう意味なのか、議論の混乱を避けるために、その意味するところを御説明願います。
さらに、竹中大臣は、通報しようとする業務に携わっている人は関係法令について一定の知識を有しているだろうという見解を示されています。しかし、幾らその業務に携わっていると言っても、一般の労働者に法令違反であるかどうか判断できるだけの正確な知識を要求するのは非現実的ではないでしょうか。
また、法令の明文化によって、自分が行おうとする通報が保護の対象となるかどうかについての予測可能性が増して通報しやすくなるということですが、政府案のような狭い規定の仕方では、何を言っても保護されないだろうという予測しかできないのではないでしょうか。これでは、ただでさえ不安を抱える通報者をますます萎縮させてしまいます。そして、それでもなお決断して通報を行った通報者が保護されないことになってしまいます。こうした指摘について、竹中大臣はどうお答えになるのでしょうか。
政府はまた、保護の対象となる通報の中身を、通報対象事実が正に生じようとしている旨としてしまいました。つまり、個人の生命や健康に重大な影響を及ぼす法令違反などが発生する可能性があって、労働者がそのことで早めにだれかに通報してそれを防ごうと思っても、切迫した事態になってからでないと保護できない、可能性があるだけで通報するなら自己責任でということになってしまうのです。政府も、年末に示した骨子案では、「まさに生じようとしている旨」ではなく、より幅広に、「生ずるおそれがある旨」としていたではありませんか。これもこの公益通報保護法の意義を損ねる深刻な後退です。
これについても、竹中大臣は衆議院で、生じるおそれがある旨としてしまうと当事者の認識の相違を生む可能性があるなどと言っております。しかし、当事者の間で見解の相違がないようなケースばかりを対象にしていては現実の対応に間に合いません。また、正に生じるおそれがある旨としたところで、抽象的な表現である以上、当事者間で見解の相違が生じることに変わりはないのではないでしょうか。竹中大臣の見解を伺います。
外部通報先について条件が厳し過ぎ、例えば国民生活センターに相談をした場合などは保護の対象とはならないと思われます。ただでさえ孤独な通報者を支えるために外部通報先の範囲を広く認めるべきであり、これも民主党の修正案が求めるとおり、通報対象事実の発生若しくはこれによる被害の拡大を防止するために必要であると認められる者を、資する者、つまり役立つ者と改めるべきです。
一体、政府案では、国民生活センター、消費者団体やNPO、労働組合、そして国会議員への通報、相談は、保護の対象になるのでしょうか。竹中大臣に政府としてのお考えを伺います。
また、政府案では、他人の正当な利益等を尊重することを課していますが、そもそも公益通報の定義において、不正の利益を得る目的、他人に損害を加える目的その他の不正な目的ではなくとされており、十分担保されています。こんな当たり前のことにまで二重の縛りを掛け、ますます公益通報を萎縮させる必要があるのでしょうか。民主党は、このような規定は削除すべきと考え、これも修正案に盛り込んでいますが、竹中大臣はどのようにお考えでしょうか。
さて、この法案が万が一成立してしまった場合の見直し規定について、政府案は、公布から二年以内に施行、見直しは施行後五年後に行うこととなっておりますが、これでは、法案成立後、見直しまで最大七年掛かることになります。余りにも長過ぎます。民主党は、公布から一年以内に施行、見直しは施行後三年以内に行うという修正を訴えていますが、竹中大臣はどのようにお考えでしょうか。
以上、訴えてきたとおり、私たちは、この法案が、公益通報者を保護する法案ではなく、公益通報の条件を狭く限定することで、ごく例外的な場合だけ公益通報を認めて保護し、あとはなるべく公益通報を発生しないようにしようとする公益通報思いとどまらせ法案になっているのではないかと危機感を抱いています。
公益通報者保護法は、公益通報者の保護というこれまでルールがなかったところにルールを定めるもので非常に重要です。まずは実績を見ながら発展させるべきという意見もありますが、最初の一歩を間違えては取り返しの付かないことになってしまいます。是非、民主党の修正案の内容を真剣に取り上げることを、竹中大臣だけでなく、この本会議場に座っている与党の議員の皆さんにも訴えたいと思います。
もし修正ができないというならば、せめて、腰の定まらない抑制法案を撤回し、拙速に大事な制度をスタートすることを踏みとどまるべきだと考えます。竹中大臣のお考えをお聞かせください。
最後に申し上げます。
すべての組織が誤りを犯し、抱え込んでしまう要素を持っています。人間の弱さ、ちょっとした気の緩みが積み重なったとき、それは何かのきっかけで本来犯してはならない不祥事につながる可能性があるのです。そして、その不祥事の結果が個人や社会に向かったとき、私たちの命や健康、有形無形の財産が危険にさらされたり人権侵害が引き起こされたりします。残念ながら、そういうことは起こり得るし、現に起こってきました。そして、その誤りを正し、この社会を救ってきたのは、多くの場合に、やむにやまれぬ個人の告発、本来の意味での公益通報だったのです。
マスコミによる派手なスクープ、国会での爆弾質問も、実はそうした、社会を良くしたい、不正を許してはいけないという思いにつき動かされた名もなき告発者の声がきっかけになっていることが少なくありません。この人々の勇気がなかったら、不正がやみに葬られ、被害者が泣き寝入りをしなくてはならなかったかもしれないのです。しかし、そうやって声を上げた正義の人々は往々にして迫害され、苦しんでいます。
良識の府参議院に身を置く私たちがしなければならないのは、勇気ある告発者を保護する堂々とした法律を作ることではないでしょうか。それが正義に報いることであり、私たちの社会の健全な自浄機能を守ることです。
私たちがこうした法律を作ることは使命であるということを申し上げ、私の質問を終わります。(拍手)
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○国務大臣(竹中平蔵君) 岡崎議員から詳細な御質問を賜りました。
まず、公益通報という行為の評価及び通報者が払っている代償への認識についてのお尋ねがございました。
そもそも、犯罪行為や法令違反行為は許されるものではありません。事業者による法令遵守を確保し、国民の生命、身体、財産などへの被害を防止していく観点から、公益のために通報する行為は正当な行為として評価されるべきと考えております。また、このような公益通報者が事業者から解雇その他の不利益な取扱いを受けることは社会的公平を欠くものであるというふうに認識をしております。
本法案は、こうした認識の下に、公益通報者の保護に関する制度的なルールを明確化するために提出することとしたものでございます。
下請等事業者を本法案の保護の対象としなかった理由についてのお尋ねがございました。
下請事業者などの事業者を本制度の対象に含める場合には、本来、自由な意思に基づいて行われるべき事業者間の取引関係に国として何らかの制限を加えることを意味します。国民生活審議会における審議におきましても、このような事業者間の取引関係の保護につきましては、どのような不利益をどのように保護すべきかについて慎重に検討すべきという意見があり、意見の一致が得られなかったところでございます。
本法案の通報対象事実の範囲についてのお尋ねがございました。
本法案では、このような国民生活審議会での議論も踏まえまして、慎重な検討が必要との判断から通報者には含めなかったものでございます。
本法案の通報対象事実の範囲につきましては、食品偽装表示事件など近年の企業不祥事の発生状況や国民生活審議会の提言を踏まえまして、国民生活の安全や安心に資するという観点から、国民の生命、身体、財産等の利益の保護にかかわる法令違反を対象としたものでございます。
また、犯罪行為や法令違反行為に当たらない生命や健康に重大な影響を与える事実というのを本法案の通報対象にすることにつきましては、通報の対象範囲を不明確にする、それによって通報者と事業者の間で見解の相違が生じて、制度の運用に当たって混乱が生じるために、通報者保護の観点から適当ではないと考える次第でございます。
政令に対象法令の指定をゆだねたことについてのお尋ねがございました。
本法案が対象とする国民の生命、身体、財産その他の利益の保護にかかわる法令の範囲については、この法案の別表におきまして、刑法、食品衛生法など七つの法令を例示しております。また、個人の生命又は身体の保護、消費者の利益の擁護等々の分野を例示しております。その上で政令にゆだねているものでありまして、このような委任が不適切とは考えておりません。
政令の制定に当たりましては、パブリックコメントなどにより各方面の意見も聴いて、対象法令を適切に定めていきたいというふうに考えております。
政令で定める対象法令の数についてお尋ねがございました。
御指摘の四百八十九本の法律のリストについては、本法案の立法過程における政府内部の検討資料であり、政府として対象法令として決定したというものではもちろんございません。対象法令については、法令違反行為が国民の生命、身体、財産等に及ぼす被害の大きさ等々を精査し、またパブリックコメントなどを通じて各方面の御意見も伺った上で幅広く適切に定めたいと考えております。
したがいまして、現段階でどの程度の数の法律を政令で定めるかについてのお答えは差し控えさせていただきたいと思います。
制度の運営の混乱とはどういう意味なのかというお尋ねがございました。
本法案の保護の対象範囲が不明確な場合には、例えば労働者が保護対象となると信じて通報しても、事業者側は保護対象ではないと判断して通報者を解雇するおそれが生じます。この場合は、たとえ裁判を通じて通報者が保護されることとなったとしても、それまでの間は通報者が不安定な立場に置かれることになります。本法案では、このような意味で制度運営の混乱をできるだけ避け、保護される通報の範囲を明確にすることによって公益通報者の保護を図ろうとするものであり、制度運営を国民の生命、健康、財産を守ることより優先させてよいと考えているものでは決してございません。
なお、イギリスでは労働関係の紛争について迅速に解決を行う専門の裁判所が存在しておりまして、我が国とは制度的な背景が異なることを踏まえて制度を立案すべきであるというふうに考えます。
労働者が法令違反であるかどうか判断できるのかというお尋ねがございました。
労働者は、一般国民とは異なり、自らが従事する事業に関連する情報については一定の知識を有していると考えております。ただし、すべての労働者が従事する事業に関連する法令について正確な知識を有しているとは必ずしも言えないということも十分に認識をしております。このため、本制度の施行に当たりましては、対象法令の範囲等について、例えば業種ごとにどのような事例が公益通報の対象となるかを具体的に示すなど、労働者にとって分かりやすい広報に努めてまいる所存でございます。
「まさに生じようとしている」との規定の趣旨についてお尋ねがありました。
生ずるおそれがあるという規定では、労働者が生ずるおそれがあると信じて通報した場合でも、事業者側はその蓋然性が低かったとして通報者を解雇する可能性があります。また、犯罪行為や法令違反行為が発生する蓋然性が低い状態で通報がなされた場合には、事業者の正当な利益が害されることも考えられます。このため、保護される通報の範囲をより明確にする表現として「まさに生じようとしている」と規定し、通報対象事実の発生が切迫している場合を対象とすることを明らかにすることが適当であるというふうに考えております。
外部通報先の範囲についてのお尋ねがございました。
御指摘の国民生活センターや消費者団体、NPO、労働組合及び国会議員は、いずれもこの法案第二条第一項に定める外部通報の要件である通報対象事実の発生若しくはこれによる被害の拡大を防止するために必要であると認められる者に含まれると考えており、この規定を修正する必要はないものと考えております。
なお、通報前に、ある事実が法令違反に当たるかどうか、通報した場合に保護されるかどうかなどについて助言を受けるための相談につきましては、通報に当たらないものの、これは相談を理由として事業者が解雇等の不利益な取扱いをすることは、本法案で保護を行うまでもなく、当然に許されないものであるというふうに考えます。
法案第八条の他人の正当な利益等の尊重に関する規定を削除すべきというお尋ねがございました。
不正の目的でなく行われた公益通報であっても、犯罪行為や法令違反行為とは関連しない第三者の個人情報や営業上の秘密など事業者の有する内部情報が併せて通報された場合には、これは結果として他人の正当な利益や公共の利益が害されることがあり得ます。本法案第八条の規定は、公益通報をする労働者は、このような他人の正当な利益や公共の利益にも配慮するよう努めることを規定したものでありまして、公益通報を萎縮させるものではなく、必要な規定であるというふうに考えております。
法案の施行期日及び見直し期日、これを前倒しすべきとのお尋ねがございました。
本法案は、営利企業、行政機関、各種の非営利団体など、あらゆる事業者を対象とする制度であります。したがって、制度の周知、事業者の通報受付体制の整備など、十分な準備期間を設ける必要がございます。これを踏まえまして、公布後二年以内の政令で定める日から施行するものとしたものであり、施行までの期間を短縮することは適当ではないと考えております。
また、見直しの時期につきましては、法律の施行後三年程度は運用状況を見極めた上で検討を行いまして必要な措置を講ずることが必要と考えまして、五年後を目途に必要な見直しを行うこととしたものでございます。したがって、見直しまでの期間につきましても、短縮することは適当ではないと考えております。
最後に、政府案を撤回すべきではないかとのお尋ねがございました。
本法案は、公益通報者の保護を法的に明確化するという意義を有するものでございます。公益通報者に勇気を与え、事業者のコンプライアンス経営を促進するものとして最良のものと考えておりますので、政府案を撤回する考えはございません。
何とぞ趣旨の御理解を賜りたいと存じます。(拍手)
156国会委員会報告
2003年9月17日
共生社会調査会(障害者差別禁止法制定に向けて)
先国会(第156国会)は、190日という長い会期の間に武力事態対処法、個人情報保護法、イラク特措法が成立した、大変「重たい」国会でした。これらの法律は、いずれをとっても成立して決着が着いたというわけにはいきません。これからどのように運用、整備されるかを十分監視するだけでなく、法律の改正、廃止という選択肢も視野に入れて関心を持ちつづけなくてはなりません。
さて、私もこの国会では16回、質問や動議の提出などのため委員会で発言しました。そのうちのいくつかについて、ご報告していきます。まず初めは、共生社会調査会の活動の様子です。
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共生社会調査会は、156国会のあいだに8回開かれました。4月2日、そうのうちの第4回の調査会が開催され、3人の参考人をお招きして質疑を行いました。桃山学院大学の瀧澤仁唱先生、日弁連の野村茂樹弁護士、DPI(障害者インターナショナル)日本会議の金政玉さんのお三方です。
中心的なテーマは「障害者差別禁止法」の必要性についてでした。世界では今、40カ国以上が、なんらかの形で障害者への差別を禁止する法律を持っていますが、日本にはまだ、そうした法律はありません。昨年11月にDPI世界会議が札幌で開催されましたが、そこでは「差別禁止法をどうやってつくるか」という議論はすでに卒業して、「差別禁止法をどう改善すべきか」という点で熱心に議論されたそうです。日本からの参加者のお一人は、「アジアの仲間もすでに多くが禁止法を持っている。恥ずかしい思いをした」と語っておられます。国連の社会権規約委員会も、日本が差別禁止法を制定すべきだと勧告をしています。
「差別はよくない。」ここまでは共通した認識ですが、差別をしているつもりのない差別や、結果的に差別になってしまっている差別をなくすために、法律で「差別とは何か」を明確に定義して、これを禁止することが必要なのです。例えば、ある床屋さんが「あなたの自宅まで髪を切りに行ってあげるから、店のほうにはもう来ないでくれ」と障害のある方に言ったとする。言った方は親切のつもりだったとしても、言われた本人にとっては、月に一回ぐらい外出して、自分でお金をはらって散髪する楽しみが奪われている。DPIの金さんが紹介してくださった例ですが、このように障害者のニーズとか権利が理解できないために、結果として本人の気持ちを傷つけてしまったりする「権利侵害」のケースが、DPIの相談事例の8割ぐらいを占めるそうです。多くの障害者の皆さんがこうした権利侵害に悩みながら、助けてくださっているまわりの方に遠慮して、なかなか言いたいことが言えないというのが実情です。またやっとの思いで主張してみても、理解されずわがままを言っていると受け取られることが多いのです。
差別の定義について野村弁護士は「最終的には本当に一人ひとりの個性が息づけるような、それを邪魔するなということですよね」と、瀧澤教授は「差別とは、あらゆる機会への参加の制限だ」と語られました。こうした考え方を基本に差別禁止法を作ることが、当事者が権利を主張する根拠になっていくのです。
一方、差別の禁止で機会の平等を定めるだけではダメで、社会保障の制度や福祉的なしくみも重要であることが強調されました。多くの場合家族、とくに93%のケースで母親が障害者の支援を行っているという統計もこの調査会で示されました。障害者本人が「権利として」快適な生活を送ったり、自己実現を図るために、また、偏った負担を負っている家族、とくに女性の負担を軽減するためにも、社会全体で支ええていくしくみが不可欠です。
ここではエッセンスの一部のみをお伝えしましたが、当日はとても豊かな議論が展開されました。関心をお持ちの方はぜひ参議院のホームページで検索をして議事録をご覧になってください。参議院ホームページの「会議録情報」ページのアドレスは:
http://www.sangiin.go.jp/japanese/frame/joho2.htm
です。
ところで、つい最近まで、国会議員がつえや車椅子を使って本会議場や委員会室に入るときには、議長の許可が必要とされていました。これについて4月2日、「共生社会調査会の有志」というかたちで歩行補助のためのつえ、目の見えない方のつえの携帯を原則として認めるよう、国会内の様々な規則を担当する議院運営委員会の委員長に申し入れを行ないました。この結果、6月16日の本会議場で規則が改正されました。ノーマライゼーションについて理解と実践が進んでいるべき国会も、まだまだです。今回の規則改正は足もとの小さな一歩ですが、今後も意識を高く持って、つねに状況改善に向けて取り組んでいきます。
女性国会議員有志42名小泉総理に「イラク攻撃反対」を求める申し入れ
2003年3月12日
「暴力からは何も生れない」
「日本国の総理大臣として、創造力と行動力を発揮し、米国等のイラクへの武力攻撃を食い止め、平和的な解決を実現する努力を行うよう、強く求めます。」本日3月12日、衆参の女性国会議員有志10名が福田官房長官と会見し、イラクへの武力攻撃に反対することを小泉総理に求める申し入れを行った。小泉総理に手渡された申し入れ書には、女性国会議員の過半数の42名が賛同の署名をしている。
日本政府がイラクに対する武力攻撃に反対すること、総理がこの問題の平和的な解決の実現に向けて努力することを強く求めている。
申し入れ書は人類、とくに日本人が過去の経験から学んだ教訓として、 「戦争や紛争でもっとも深く傷つくのは女性と子どもであること」、そして「暴力からは何も生れないこと」を強調している。
また、8割を超える市民が武力攻撃に反対しているにもかかわらず日本政府の立場がその世論を反映してないことへの深い憂慮を表明している。さらに、国際的なルールにのっとったアプローチが重要であるとし、国連の査察活動を強化して継続すべきだと提案している。
なお、本日官邸を訪れたのは石井郁子、岡崎トミ子、神本美恵子、武山百合子、田嶋陽子、東門美津子、西山登紀子、広中和歌子、福島瑞穂、吉川春子、和田洋子の各議員です。
内閣総理大臣 小泉 純一郎殿
米国等のイラクへの武力攻撃に
反対することを強く求める申し入れ
「暴力からは何も生まれない」
米国等によるイラクへの武力攻撃が目前に迫っていると危惧されています。この攻撃が行われれば、国連の内部報告によると子どもたちをはじめとした数十万人以上の人命が失われます。これまで人類が国際問題を平和的に解決するために積み上げてきた努力が無になります。
今日にいたるまで、人類は繰り返し戦争と紛争の悲惨を経験してきました。
この経験から私たちが学んだことは、女性と子どもたちが最も深く傷つくということ、そして暴力からは何も生まれないということです。暴力は憎しみと新たな暴力の連鎖を呼びおこします。そのことを、憲法9条を守ってきた日本人は最もよく知っております。
イラクをめぐる問題も、あくまで平和的に解決されなくてはなりません。そのことによって、暴力によらない問題解決を21世紀国際社会のルールとして確立する大きな一歩とするべきです。
国連の査察活動を人員面・装備面などで強化、継続することこそが、イラクをめぐる問題を国際的なルールに則って合理的に解決する手段です。
世界中で数千万の人々がイラク攻撃反対の意思をデモに参加することで示しています。日本でも、8割を超す市民がイラク攻撃に反対しています。私たちは戦争に反対する日本の市民の声が世界に届かないまま、日本政府が米国等のイラク攻撃の姿勢に追随、支持している現状を強く憂慮しています。
米国のよき友好国として、日本には米国の暴走を止める役割があります。今、このタイミングで日本が平和的解決を目指す明確な意思表示を行うことは、戦争回避に向け、大きな効果があります。日本国の総理大臣として、創造力と行動力を発揮し、米国等のイラクへの武力攻撃を食い止め、平和的な解決を実現する努力を行うよう、強く求めます。
2003年3月11日 女性国会議員有志
東ティモール暫定政権3閣僚との意見交換会 参議院会館特別会議室
2001年12月3日
12月3日、事務局長を務める東ティモール議員連盟の主催で、東ティモール第2次暫定政権の3閣僚をお招きしての意見交換会を行ないました。今回来日されたのは、総理大臣にあたる、マリ・ビン・アムデ・アルカティリ主席大臣兼経済開発大臣、1996年のノーベル平和賞受賞者で日本でもおなじみのジョゼ・ラモス・ホルタ外交・協力上級大臣、そしてフェルナンダ・メスキータ・ボルジェス財務大臣の3閣僚です。議連からは、各党から11名の国会議員が参加しました。アルカティリ氏とは1996年に東ティモールでお会いして以来、ホルタ氏とは今年の3月に来日されたとき以来の再会を喜び合いました。ボルジェス財務大臣は若い女性の大臣で、これからの活躍がとても楽しみです。
意見交換会の冒頭、事務局長としてごあいさつをさせていただき、まず、皆さんを大臣としてお迎えできることが感無量だとお伝えしました。また、1990年に東ティモールが国家として新たにスタートするために行われた住民投票に監視団として参加できたことが、生涯忘れることのない感動であったとお話しました。西ティモールに残されている難民問題の解決、これからの自立のための人づくり、憲法も含め、基礎からの国づくりが円滑に進められるために日本が、どのような関わり方をしていくべきか議論していきたいと提起いたしました。
続いて、3閣僚からごあいさつをいただきました。まず独立への困難な道のりを歩む間の議連のサポートと、日本からの財政的支援にたいする感謝の言葉をいただきました。また、「現在、全世界的の注目が中東に向かっているが、決して我々を忘れないでほしい」、「友好の証としてのPKO活動に、日本として参加してくれることを期待している」との希望が述べられました。
その後、意見交換が活発に行われましたが、PKO法改正が審議されている時期と重なったこともあり、関心を呼んでいました。
最後に、マリ・アルカティリ主席大臣兼経済開発大臣から議連のメンバーに対して、来年5月20日の独立の際の独立式典へのご招待をいただきました。1990年に国会議員となって以来、東ティモールの民族自決を実現するための支援活動をしてきたことが、これからたくさんの課題があるとはいえ、間もなく実を結ぼうとしていることに、あらためて感動を覚えました。
女性パワーが逆風を追い風に変えた!
2001年10月15日
17日間の選挙戦を振り返ってみると、小泉旋風という逆風と強烈な暑さとの闘いだった。多くの女性が逆風を追い風に変えるためにパワーを発揮してくれた闘いでもあった。選挙戦後半に世論調査の結果を伝える新聞記事が私の状況を伝えた見出しは“女性に浸透”だった。闘いのなかで出会った、それまで一面識もなかった多くの女性たちの姿が鮮明に残っている。食堂の双子の女性経営者は店頭の大きなピンクの桃太郎旗を抜いて、二人で大きく左右に振って「トミ子?、がんばれ?!!」と応援してくれた。家から裸足のまま飛び出してきて「絶対、あなたを落とさない!!私、頑張るから」と選挙カーに叫んでくれた女性もいた。夜9時過ぎに選挙事務所に戻れば、「今日、30人に電話をかけた」、「今ちょうど、100人の支持を固めた」とそれぞれに電話の向こうで興奮気味に話してくれた女性たちもいる。私の見えないところで大勢の女性たちが勝手連的に動いてくれていることを実感した。勝利した後も、街頭で「二十歳で最初の投票を岡崎さんにしました」、「おめでとう、がんばってね」といった声をいただいた。昨日も“若―い”女性二人から、「マジに、チョー応援してる!!」と声をかけられ、幅広い女性のがんばりと勢いが当選にむすびついたことをあらためて知らされた。実際に投票率をみてみると特に仙台の女性の投票率が前回の51.36%から56.0%と、4.64ポイントも上がっていて、前回より4万人を超える多くの女性たちが投票所に足を運び、唯一の女性候補者であった私を勝利へと押し上げてくれたことが数字でも示されている。
さて今回、宮城選挙区では自民党公認・推薦のふたりの候補者との三つ巴の闘いが最後まで続いた。自公保連立政権がなにごとにつけ“政治は力”、“政治は数”とばかりに押し切ってきた政治状況を宮城の地でなんとしても食い止めるために、「トップ当選でなければ負けだ、ましてや自民党が2議席を占めることを許してはならない」と考えた。8割を超える小泉内閣の支持率に立ち向かう方法は、ひとつ。3年半、休むことなく活動を続けて来た参議院議員としての活動、90年に衆議院議員に初当選してからトータルで10年の国政での実績をパフォーマンスなしで地道に訴えること。ポスターにも「循環分権社会を目指して」と書き、環境委員として力を入れてきた「循環型社会」の形成と、地方主権を唱えて取り組んできた「地方分権改革」について、その何たるかを丁寧に訴えることが大事だと心に決めて戦った。
小泉首相の構造改革に対して、全国の首長から「地方切り捨て阻止」の声が高まっていた。「まず補助金と地方交付税の削減ありき」という小泉改革は、確かに薄っぺらな地方切り捨ての議論だ。私は地域のエネルギーを再生する分権改革を力強く訴えた。求められているのは、権限と財源を地方に移譲し、住民の監視の目と意見が直接とどく自治体が、自らの権限と責任で住民のニーズを反映した政策、税金の使い道を決定できるようにすることだ。さらに、本当に市民の利益に適う構造改革を進めるためには女性の目線を大事にして、従来女性が中心に担ってきた子供や教育、お年よりの介護、自然、環境、ゴミ問題などを表に出してこなくてはならない。そういう構造改革を、男性中心に議論されてきたこれまでの「父ちゃん改革」に対して「母ちゃん改革」と称し、どちらも市民の皆さんと一緒に取り組みたい、私の大切な仕事だということをこつこつと、まじめに訴えた。
5回の国政選挙、苦しくない戦いはなかったが、今回はもっとも苦しい戦いだった。この戦いを忘れることなく、6年間、重い責任をはたすべく、働いていく。
対米協力が自己目的化してはならない ―10月3日 岡崎トミ子代表質問
2001年10月3日
参議院本会議で3日、前日に引き続いて各会派の小泉首相の所信表明演説に対する代表質問が行われ、民主党・新緑風会の2番手として岡崎トミ子が登壇した。
冒頭に、小泉首相が「棒読みしないですむ質問を考えてもらいたい、役人に答弁してもらった方がよい質問の方が多い」と発言したことに対し、「憲法の議論、集団的自衛権の問題、武力行使との関わりなど、まさに政治家がやるべき議論」だとして、首相の発言は「国会軽視であり、国会審議を冒涜するもの」と厳しく批判。発言の撤回と謝罪を求めたが、首相はこれには全く答弁で触れなかった。
続いてテロ対策について、「何のための対応方針か明確にすることが必要。目的はあくまでもテロ撲滅であり、対米協力が自己目的化してはならない」と指摘。「テロ事件の背景にまなざしをむけて日本の対応方針を決定し、中長期的な問題解決にむけて力を尽くすべきだ」と提言した。また、難民支援については「実効性を第一に積極的な役割を果たすべき」として、自衛隊が緊張状況にある地域に入ることでかえって危険を招くとことに懸念を示した。
次に政府の雇用政策に話題を移し、「雇用の創出には労働力とサービス不足の部分に重点を置くべき」と主張。特に介護分野での雇用創出を本格的に検討すべきだとして、特別養護老人ホームの職員配置やケアマネージャーの増員など、実態を踏まえての福祉施設の設置や補助基準の見直しを構造改革の中で見直すよう提案した。
また雇用創出の観点から、現在収益事業として課税対象となっているNPOが行う介護サービス事業について、「社会福祉法人と同等の扱いとすべき」と求めた。これに対して、小泉首相は「社会福祉法人は公益性が高く、設立、管理、監督に厳格な規定が設けられている」などと述べ、従来の姿勢を崩さなかった。
岡崎は、女性を中心に正規雇用から非正規雇用へのシフトが急速に進んでいる現状に対して、「合理的なワークルールを確立することで雇用形態による差別をなくし、均等な待遇が保証されることが21世紀の日本の雇用環境に求められる」と言及。また、民主党が提出している「職業生活と家庭生活の両立支援法案」に関連し、「介護休暇制度を努力義務ではなく、請求権化すべき。首相のリーダーシップで英断を下せないか」と水を向けたが、小泉首相は「与党三党でも議論が進んでいる」と述べるだけで、具体的には何も答えずじまい。
さらに、選択的夫婦別姓や非嫡出子の相続差別廃止を内容とした民法改正案への賛同を迫ったが、首相は「国民各層の意見を幅広く聞き、各方面の議論の推移を踏まえて対処する」との官僚の作文を棒読みするだけだった。
岡崎はこの他、環境問題へのリーダシップの発揮や、戦時性的強制被害者問題の解決への取り組みを小泉首相に求めたが、いずれも抽象的な答弁や「国会での議論にゆだねる」と述べるにとどまり、リーダーシップを示すまでに至らなかった。
最後に、憲法前文の「われらは全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する」との一節を示し、「日本は自国のことのみに専念すべきではない。今年は国連の『文明間の対話年』。公正なるルールに基づいて正義を守り、テロや戦争の根本原因に迫り、解決にむけて努力し世界に発信していくべき。人権擁護や環境問題への取り組みを充実させる姿勢をしめることで国際社会における名誉ある地位を占めることを目指したい」と述べ、質問を締めくくった。(民主党FAXレターより転用)
21世紀最初の独立国をめざして・・・「東ティモール制憲議会選挙監視団に参加して」
2001年10月1日
8月30日、東ティモールで憲法を制定する議会の議員を選ぶ「制憲議会選挙」が行われました。東ティモールは一昨年の8月30日、住民投票で四半世紀に及んだインドネシアからの独立を選択し、現在は国連の暫定統治下にあり、今回の選挙も、国連の管理のもとに行なわれました。東ティモールで初めて民主的に行なわれるこの選挙の監視をするため、国連の招きに応じて政府の政府派遣団、NGOなどが選挙監視のために多数現地入りしました。
民主党からも、江田五月参議院議員、今野東、長浜博行両衆議院議員とスタッフ3名が「民主党東ティモール制憲議会選挙監視団」として派遣されました。民主党は、住民投票の際にも選挙視団を送り、さらにその後の争乱状態の中、11月に羽田特別代表、江田五月議員が現地を視察するなど、東ティモールの民族自決を支援する活動を続けてきました。
8月27日に成田を出発した今回の監視団は28日に現地入りし、選挙監視のほかにも選挙で多数の議席を獲得することが予想されているフレテリン(東ティモール独立革命戦線)のキャンペーンを締めくくる野外大集会の視察、主要3党の党首(ル・オロフレテリン党首、マリオ・カラスカラォン社会民主党党首・フェルナンド・アラウジョ民主党党首)やロケ・ロドリゲス暫定国防相、無所属の女性候補との面会、テレビ局や裁判所の視察などを精力的にこなし、大きな成果を挙げ、9月1日に帰国しました。
一昨年の住民投票の際の緊張、その後の騒乱状況を思えば見違えるように安定が回復されており、都市内においても、山岳部の村落においても復興が進み、店舗も賑わいをみせていたが、破壊されたまま放置された家屋・建築物等もいたるところに見受けられ、破壊の傷あとには、大変生々しいものがありました。
投票については、投票所の準備に手間取ったり、選挙人の身元確認の前提となる選挙人名簿の不備があったために開始時間、終了時間の大幅な遅れなどが観察されましたが、暴力事件など、大きな混乱はありませんでした。一昨年の住民投票の際には、民兵の示威行為なども見られ、住民の顔には緊張感が漂っていましたが、今回の選挙においては、住民たちの様子に落ち着きがみられました。最終的な投票率も90%を超えているとみられるなど、概ね成功と見てよいと思われます。
なお、国連の暫定統治について、国連が他の地域や東ティモールにおける過去の経験の蓄積を活かしていないことが、多くの関係者から反省点として指摘されました。投票の準備作業について見られた不手際も、一昨年の住民投票の教訓を踏まえれば避けられた面が大きいとの説明を受けました。また、国際スタッフと現地スタッフの役割分担や待遇の違いのあり方、今後、東ティモール人の役割を大きくしていく「東ティモール化」をどのように進めていくかが大きな課題として提起されています。
政党間の関係については、路線対立よりも歴史の評価などをめぐっての立場の違いが大きいことが、各政党の指導者との面会を通して、浮き彫りになりました。新政権の大統領として、民族統合の象徴であるシャナナ・グスマォン氏に期待するところが大きいのは各党共通と見受けられました。
現在東ティモールの行政を握っている国連については、東ティモール人の自主性を奪っているという反発が広がっていると同時に、今後も防衛や経済協力の面で何らかのプレゼンスを期待するなど、単純ではない態度が形成されていることが窺われました。
今後の日本への期待については、特に経済・技術協力、基礎・技術教育の分野での支援への期待の強さが幅広い関係者から示されました。
民主党が継続的に東ティモール問題に関心を持ち、発信を続けることには大きな意義があると考えられます。
私たちに明日はあるのか!?―公共事業の分権が急務―
2001年1月3日
「公共」とは何か、だれのための「公共」かがいま問われている。私は、公共事業分野における分権が急務だと思う。昨年の総選挙後に、自民党が233の公共事業の中止を打ち出した背景には「不要な公共事業をやめなければ、財政的に国も地方もやっていけない」ことが既に明白となっているからにほかならない。
現在の公共事業における国と地方の役割分担は非常に複雑で、それが故に国があらゆる事業に口を出すことが可能となっている。返済不能な財政赤字に陥っている国に依存して、大型の公共事業を引っ張ってきても持続する可能性はない。自治体の事業に住民のニーズを反映させて、事業の計画作成段階からの情報公開と住民参加は不可欠だ。住民の生活ニーズにあった身の回りの小さな事業を実施することで、地元の中小・零細業者が直接仕事を受注することができる。生活密着の事業に重点を移しつつ、自立と持続性を確保した公共事業であってこそ、地域経済の再生が可能となるのではないか。とにかく、まず総額を決めてかかるこれまでの「公共投資計画」は乱暴すぎた。1990年に策定された「公共投資計画」は十年間で四三〇兆円の投資をうたい(これは、その前の十年間のほぼ倍)、しかも1994年に十年間で六三〇兆円に増額した。「財政改革」なしで私たちの明日はなく、このままでは大増税かインフレしか見えない。
世紀越えにあたって ―21世紀のキーワードは分権・参画・循環―
2001年1月1日
昨年の四月に地方分権一括法が施行され、いよいよ明治以来国の指示のままに仕事をしてきた自治体が、自主・自立をめざして動き出した。地方分権の流れは押しとどめることのできない大きな時代の流れだ。同じく四月から開始となった公的介護保険制度は、日本の歴史上初めて、福祉・介護が措置によるほどこしから選択できる権利となった。保険者が国ではなく市町村となったことで、自治体が住民に情報を公開し、その意見を聞きながら制度を決めていく。介護保険のこうした仕組みの中に、これからの地方分権型社会の基本的な要素がすべて含まれている。何をどう変えていったらよいのか、逆に変えてはいけないものは何なのか、このことを議論していきたい。
新世紀を読むカギは、地方分権の推進、男女共同参画社会・循環型社会の実現などにあると思う。住民、ボランティア、NPO、民間企業、市町村、国などが協働しながら、「真の豊かさ」が実感できるような新しい地域づくりに取組んでいこう。
変わらない、変われない!!―公共とは私たちのこと―
2000年12月31日
いよいよ、20世紀から21世紀への「世紀越え」となった。100年前はどうだったのだろうか。筑紫哲也氏は、100年前と現在を比較して次のように述べている。「100年前は人間の能力への無邪気な信仰に支えられ、無限の可能性を夢見ながら20世紀をむかえた」「(100年前とは全く対照的に21世紀は)変わらない、変われないこの国の状況へのいらだちがメタンガスのように充満していて、このままでは底無し沼にずるずると沈んでいくのではないかという不安が社会を覆っている」
金属疲労をおこしている古いシステムを打ち破り、新しい社会構造に立ち上がらなければならないのに、「変わらない、変われない」政治の側の責任を痛感する。変わるためのバロメーターの一つは、「公共とは私たちのこと」という考え方の定着度合いにあるのではないか。長い日本の歴史の中で、知らず知らずに公益公共的なことは全部「官」任せ、自分たちは顔見知りとその周辺の限定された人々の利益のために動いてきた。新たな公共性の担い手は「民」の動きにこそあり、新しい時代の原動力だ。