2001年10月01日

21世紀最初の独立国をめざして・・・「東ティモール制憲議会選挙監視団に参加して」


  2001年10月1日
   
  8月30日、東ティモールで憲法を制定する議会の議員を選ぶ「制憲議会選挙」が行われました。東ティモールは一昨年の8月30日、住民投票で四半世紀に及んだインドネシアからの独立を選択し、現在は国連の暫定統治下にあり、今回の選挙も、国連の管理のもとに行なわれました。東ティモールで初めて民主的に行なわれるこの選挙の監視をするため、国連の招きに応じて政府の政府派遣団、NGOなどが選挙監視のために多数現地入りしました。

民主党からも、江田五月参議院議員、今野東、長浜博行両衆議院議員とスタッフ3名が「民主党東ティモール制憲議会選挙監視団」として派遣されました。民主党は、住民投票の際にも選挙視団を送り、さらにその後の争乱状態の中、11月に羽田特別代表、江田五月議員が現地を視察するなど、東ティモールの民族自決を支援する活動を続けてきました。

8月27日に成田を出発した今回の監視団は28日に現地入りし、選挙監視のほかにも選挙で多数の議席を獲得することが予想されているフレテリン(東ティモール独立革命戦線)のキャンペーンを締めくくる野外大集会の視察、主要3党の党首(ル・オロフレテリン党首、マリオ・カラスカラォン社会民主党党首・フェルナンド・アラウジョ民主党党首)やロケ・ロドリゲス暫定国防相、無所属の女性候補との面会、テレビ局や裁判所の視察などを精力的にこなし、大きな成果を挙げ、9月1日に帰国しました。

一昨年の住民投票の際の緊張、その後の騒乱状況を思えば見違えるように安定が回復されており、都市内においても、山岳部の村落においても復興が進み、店舗も賑わいをみせていたが、破壊されたまま放置された家屋・建築物等もいたるところに見受けられ、破壊の傷あとには、大変生々しいものがありました。

投票については、投票所の準備に手間取ったり、選挙人の身元確認の前提となる選挙人名簿の不備があったために開始時間、終了時間の大幅な遅れなどが観察されましたが、暴力事件など、大きな混乱はありませんでした。一昨年の住民投票の際には、民兵の示威行為なども見られ、住民の顔には緊張感が漂っていましたが、今回の選挙においては、住民たちの様子に落ち着きがみられました。最終的な投票率も90%を超えているとみられるなど、概ね成功と見てよいと思われます。

なお、国連の暫定統治について、国連が他の地域や東ティモールにおける過去の経験の蓄積を活かしていないことが、多くの関係者から反省点として指摘されました。投票の準備作業について見られた不手際も、一昨年の住民投票の教訓を踏まえれば避けられた面が大きいとの説明を受けました。また、国際スタッフと現地スタッフの役割分担や待遇の違いのあり方、今後、東ティモール人の役割を大きくしていく「東ティモール化」をどのように進めていくかが大きな課題として提起されています。

政党間の関係については、路線対立よりも歴史の評価などをめぐっての立場の違いが大きいことが、各政党の指導者との面会を通して、浮き彫りになりました。新政権の大統領として、民族統合の象徴であるシャナナ・グスマォン氏に期待するところが大きいのは各党共通と見受けられました。
現在東ティモールの行政を握っている国連については、東ティモール人の自主性を奪っているという反発が広がっていると同時に、今後も防衛や経済協力の面で何らかのプレゼンスを期待するなど、単純ではない態度が形成されていることが窺われました。

今後の日本への期待については、特に経済・技術協力、基礎・技術教育の分野での支援への期待の強さが幅広い関係者から示されました。

民主党が継続的に東ティモール問題に関心を持ち、発信を続けることには大きな意義があると考えられます。